2010/12/30

彼の日本語

父へ誕生日カードを書く彼。漢字に悪戦苦闘

トルコ語にあって日本語に無い音はたくさんあっても、逆はほとんどありません。
だからか、トルコ人の日本語の発音はとっても綺麗です。

文法も似通ってるせいか、日本語を学ぶことはあまり負担にならない様子。

ただ、厄介なのが、

漢字と敬語。

日本人でさえ手を焼くのだから、外国人は尚更のこと。

「何で全部アルファベットで書かないの?3つも(漢字、カタカナ、平仮名)使い分ける必要が無いし、その方が読みやすいんじゃない?」
「一つの漢字にいくつも読み方があって気が遠くなりそう」
「{-ていだだけませんか?}があるなら{-ていただきます}もあるの?」
「 片付けますと片付けてしまいますの違いは?」

など、質問は途切れることがありません。

外国語として日本語を学ぶ彼らの疑問は、よくよく考えてみると私にとっての疑問であったりもします。

質問されることで勉強し、一緒になって学んでいるといった毎日。



ところで、日本語を始めると意気込んで、ありとあらゆる教材をダウンロードした彼。
滑り出しは良い感じ。
それまで知っていた日本語は、

「ありがとう」

と、私が歌に合わせて教えた

「ばーか、あーほ、どじまぬけー♪」

そして、

「男に二言は無い。E(彼の名前)に二言はある」

という三つ。

それを知った母が、
「あら、ひどいこと。あんたもっとまともな日本語を教えなさい」
といいながら、彼に日本語を教え始めました。

母が帰国して数日たったある日、私の電子辞書に何やら一生懸命書き込んでいる彼。
「おっ、ようやく日本語に本腰入れたかー」
と嬉しくなって覗き込むと、

ただ一言、


「あなたはぶす」




お母さん、ありがとう。

「ね、れ、わ」 は混乱するようです。